カードダスと聞いて最初に思い出すのは、カード名そのものより、駄菓子屋に置かれた自販機の前に立っていた感覚です。
カードダスを知ったのはたぶん小学2〜3年生のころでした。店の入口にはカードダスの自販機があり、その周りにはガチャガチャやゲーム、お菓子、玩具も並んでいました。
当時私にとって駄菓子屋は、友達と行き、限られたお小遣いを何に使うか考える場所でもありました。
カードダスの中でも強く記憶に残っているのが、SDガンダム外伝の騎士ガンダムです。

ただ、私のカードダス体験は、ここから突然始まったわけではありません。
カードダスに出会う前、私が夢中になって集めていたのはビックリマンでした。ヘッドのキラが出るかもしれない期待、何が入っているかわからない楽しさ、手に入れたキャラクターを眺める時間。振り返ると、私がカードダスに惹かれた理由のかなりの部分は、すでにビックリマンで覚えていたように思います。
20円と自販機――小学生でも何度も引けた
当時の自分にとって、カード1枚20円という価格はかなり大きな意味を持っていました。
小学生だったころ、財布の主役は100円玉より10円玉でした。月のお小遣いも200円くらい。100円を一度に使うのは少し考えますが、10円玉を2枚なら使いやすい。100円玉を持っているときは、店のレジで10円玉に両替してもらった記憶もあります。
そして、カードを買う行為そのものが楽しかったです。あの特徴のある機械音の後にカードが出てくる。
そういえば、たまに機械の具合なのか1回でカードが2枚出てくることもありましたね。

通っていた店ではカードの順番が固定だったので、何度か引いたり他の子が引くところを見たりしているうちに、「この次に何が出るか」を覚えることができました。なので前の人の順番待ち中に「次がキラだ」と分かったとき、間に割り込んで引いていたりしてました。
ビックリマンで覚えた「キラを引く楽しさ」がカードダスへ続いた
カードダス以前、私も周りの友達もが集めるのに夢中になっていたのはビックリマンでした。
「悪魔VS天使」シリーズが始まったのは1985年。私が小学生になるころにはすでに大きなブームになっていて、私が集め始めたのは第9〜10弾くらいからでした。
ビックリマンといえば特別だったのがヘッド(キラ)です。ヘッドが出たときは、ノーマルのシールとは明らかに違う「当たりを引いた」感動と興奮がありました。(初めて引いたキラはノアフォームだったかな…)
今振り返ると、私がカードダスでもキラを強く求めた原点は、ここにあったのだと思います。

私にとって、ビックリマンとカードダスには共通する楽しさがありました。何が出るかわからない、キラという特別な存在がある、キャラクターを集める。どちらも「次は当たりかもしれない」と思わせる商品でした。
一方で、ビックリマンの世界観は魅力的でしたが、物語を追うのは子供には難しかった記憶があります。それに対してカードダスでは、SDガンダム外伝やドラゴンボールなど、すでに好きだった作品や分かりやすいストーリーと結びついていました。
また、ビックリマンでは公正取引委員会の指導を受け、シールの材質や混入率の扱いが変更された時期があります。
私の記憶では、ビックリマンのヘッドに感じていた「プリズムのキラを引く特別感」が薄れていった時期と、カードダスに興味が移っていった時期はかなり重なっています。
ビックリマンで覚えた「キラを引く」「集める」という楽しさを残しながら、20円の自販機、キラカード、そしてSDガンダムやドラゴンボールの物語へ。子供の頃の私にとってカードダスは、ビックリマンの次に現れた新しいコレクションとして自然だったのだと思います。
SDガンダムとドラゴンボール――作品を追う楽しさがあった
特にSDガンダム外伝は、ドラクエのようなRPG的な世界観が取り入れられていたことで人気が高く、私もハマったきっかけでしたね。
当時SDガンダムはBB戦士や元祖SDガンダムといった玩具がすごく人気で、私の周りの友達もだいたい何か持っており、カードダスも所有者多かったです。私もそうですが、SDガンダムを入口にガンダムに入った人が多い世代だと思います。
ドラゴンボールのカードダスも小学3年生ごろから集めていました。こちらは漫画やアニメと同時に追っていて、ベジータやフリーザが登場するナメック星編のころは、新しいキャラクターや戦闘力を見ること自体が楽しみでした。

その頃くらいからカードダスでは、この2作品以外にも『魁!!男塾』『幽☆遊☆白書』『まじかる☆タルるートくん』などのジャンプ作品や、『ストリートファイターII』など、さまざまな作品がどんどん展開されていました。

店の入口に行けば、知っている作品のカードがある。私にとっては、作品そのものと同じくらい「カードダスの売り場を見ること」が楽しみの一部になっていました。
カードは「絵」だけでなく、情報源でもあった
今振り返ると、カードダスに夢中になった理由はキラやコレクションだけではありません。カードそのものに気になる情報が入っていたことも理由でした。
ドラゴンボールでは原作やアニメを見て知っているキャラクターでも、原作では触れられてなかった戦闘力や補足情報が載っていることがありました。自分にとってカードダスは、絵を集めるだけでなく、好きな作品について新しい情報を持ち帰れるものでもありました。
SDガンダム外伝では、情報の持ち方がまた違いました。RPG風の世界観の中で、キャラクターや設定、物語に関する情報がカードに載っています。カードを増やしていくことが、その世界を少しずつ知っていくことにもつながっていました。

ネットなんてなかった当時、小学生が作品の情報を得られる場所は今よりずっと限られていました。テレビ、漫画、雑誌、友達との会話、そして手元に残るカード。自分にとってカードダスは、その中のひとつだったのだと思います。
遊び方はあった。でも一度も対戦しなかった
今あらためて当時のカードを見ると、カードダスには対戦や数値を使った遊び方が用意されていたことがわかります。




ところが、私身はカードダスを使って対戦したことが一度もありません。
ビックリマンと違い友達と交換することもほとんどなく、周囲でカードを使って対戦していた記憶も残っていません。少なくとも私にとってカードダスは、「ゲームとして遊ぶカード」ではありませんでした。
現在のトレーディングカードを見ると、対戦ルールやデッキ構築が大きな魅力になっているものも多くあります。それと比べると、自分が体験したカードダスは、もっと「引くこと」「持つこと」「見ること」に重心があったように感じます。
気づけばカードダスからゲームへ移っていた
カードダスを買っていたのは、小学5年生ごろまでだったと記憶しています。最後まで集めていたのはドラゴンボールとSDガンダム系でした。
ゲームなど別の遊びに使う時間やお金が増え、いつの間にか自販機を回さなくなっていました。
それでも、当時引いたカードの一部は今も残っています。冒頭の騎士ガンダムのキラもそのひとつです。
自分を夢中にしたのは「キラ」「20円」「作品」、そして駄菓子屋だった
私のカードダス体験を振り返ると、1988年ごろに突然始まったものではありません。その前にはビックリマンがあり、そこで「キラを引く」「集める」「キャラクターを追う」という楽しさを覚えていました。
その延長線上に、10円玉2枚で引けて、キラがあり、SDガンダムやドラゴンボールのカードダスが現れた。今振り返ると、私の中ではそんな順番だったように思います。

そしてもうひとつ、今だから強く感じるのが「どこで買えたか」でしょうか。
だいたいの駄菓子屋や玩具店の入口付近にはカードダスがありました。そこへ友達と行けば、限られたお小遣いの中で何かひとつ楽しめる。
ビックリマンほどの人気ではなかったですが、少なくとも私にとっては夢中でお小遣いを注ぎ込んだものの一つでした。
30年以上たった今も騎士ガンダムやその他のキラカードが手元に残っていることを考えると、カードダスで一番長く残ったものは、カードそのものだけではなく、あの自販機の前でワクワクした感覚なのかもしれません。
カードダスとはどのようなものだったのか、いつ始まり、どんな作品が展開されてきたのかを大人になって改めて調べ時系列でまとめました。よかったらこちらの別記事「カードダスの歴史と種類」もどうぞ。




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